昭和57~58年の京王帝都電鉄府中駅の写真

 京王電鉄の新2000系の運行開始に合せ、昨日京王帝都電鉄2000系の写真をXにアップしたところ多くの方にご覧頂くことになりました。ありがとうございます。

 本日はネガを探してまだ府中駅が高架になっていない頃の写真4枚をお届けします。 細かいところですが、この頃は京王電鉄ではなく京王帝都電鉄です。

 この時に今のデジカメがあればもっと写真を撮っていたかもしれませんでしたが、当時子供の私的には現像代も厳しく、またブルトレブームの真っただ中で地元の通勤電車はこれ位しか残っていません。

 ブルトレを撮る人は多く居た訳ですから、今考えると本当に勿体ない話です。

 こちらがXにアップした写真です。2000系、5000系の普通電車は17m~18m級の6両でした。そして6000系の特急、急行は8両、この後登場した7000系の普通電車は5両編成でした。

 まだこの頃は全く高架工事の面影もありません。けやき並木の踏切から駅を見るとこんな写真が撮影出来ました。

 同じくけやき並木の踏切で3番線に進入する6000系を。晩年の2色帯と異なり当時はえんじ1色の帯でした。けやき並木の踏切は車道と歩道が別の遮断機で独立していました。この2枚はいつ頃撮影したかは不明ですが、昭和57年中です。

 そしてこちらは新宿方から出発する5000系普通電車です。この写真は昭和58年の正月初詣の後に撮影した様です。既に高架化工事がスタートしてホームや道床の一部が仮設に変更されています。

 線路の向こうにあるのは西友です。長崎屋もあった記憶がありますが、Wikipediaなどには載っていませんので記憶違いかもしれません。

 奥には緑屋の塔屋看板が見えますが、旧甲州街道沿いには忠実屋、更に府中本町のイトーヨーカドーとスーパーマーケットが数多く存在する駅でした。

 現在の様子。全く面影がありません。

 線路を渡って反対側で下り電車を撮影した写真です。既に仮設の架線柱等も立ち、工事がスタートしている雰囲気が見て取れます。

 窓に「フタバ」と書かれたビルは外壁の色が変わりましたが、特徴的な形状は当時のまま現在も残っています。

 1Fに「かどや酒場」のある白いビルが当時からあるビルです。改めて43年前の写真を見てみると変わったところ、変わっていないところがあり興味深いところです。

 しかしこの写真たちを見て改めて思ったのは普段から何気ない電車でもしっかり撮影しておく大切さを実感しました。先程も少し話しましたが、同時期に走っていたブルトレや電車特急は今でもたくさん写真があり書籍も沢山あります。

 当時の臨時電車、烏山行きの999号やEF58牽引の平和、つばめ等も同様でネットにいっぱい写真があります。しかし今ネットで写真を検索するとこうした地元の地味な電車の情報が圧倒的に少なく思います。

 現在京王線では笹塚~つつじが丘の立体交差事業がスタートしていますが、2070年頃には「まだ8000系や9000系がゴロゴロが走っている!」となるかもしれません。


京王電鉄 昭和~平成の記録

京王電鉄沿線アルバム (昭和~平成)

ヒギンズさんが撮った京王帝都電鉄 (コダクロームで撮った1950〜70年代の沿線風景)

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