ED42が補機だった頃の信越白鳥の編成

 昨日ED42にまつわりキハ82による信越白鳥の話をしたので、今日はED42が活躍していた頃の信越白鳥のお話しをしたいと思います。

 「白鳥」というと、485系の青森と大阪を結ぶ特急というイメージが強いですが、昭和35年に準急列車としてデビューしました。そして昭和36年には80系気動車(キハ82)を利用した大阪発の気動車特急列車となりました。

 この時の編成は6連X2の12連でうち6連が大阪=青森、残り6連が大阪=上野で前者を「青森白鳥」後者を「信越白鳥」と呼んでいました。この「信越白鳥」は直江津で解結、碓氷峠を通過して上野を目指す気動車特急として活躍、その後名称が「はくたか」と改称されました。

 6両の編成を2編成繋げて走っていた大阪=直江津間は12両のうちグリーン車2両、食堂車も2両という凄く豪華な編成でした。

ED キハ キロ キシ キハ キハ キハ ED ED ED
42 82 80 80 80 80 82 42 42 42
<= 直江津 (昭和36年白鳥登場時) 上野 =>
ED キハ キロ キシ キハ キハ キハ キハ ED ED ED
42 82 80 80 80 80 80 82 42 42 42
<= 直江津 (昭和38年4月ダイヤ改正時) 上野 =>
キハ キハ キハ キハ キシ キロ キハ EF EF
82 80 80 80 80 80 82 63 63
<= 直江津 (昭和38年10月ダイヤ改正時) 上野 =>

 登場時からの編成を順に書いてみましたが、EF63の登場直後の歴史について語ると昭和38年5月入線式、7月営業開始、9月旧線廃止(全てが粘着運転化)となります。

 よってED42に牽引されるキハ82は上2つの編成ということになります。上野発着の多くの特急が上野駅方にグリーン車を連結していましたが、ED42牽引の頃は逆側に連結されていました。

 その後信越白鳥は「はくたか」と名称を変えます。それにより「白鳥」は信越本線に入線することなく、大阪と青森を結ぶロングラン特急となります。

 またED42は横川方に3両、軽井沢方に1両連結するのがスタンダードでしたが、例外もあって横川方4両、横川方に3両だけという運用も実際にはあった様です。ただ横川方に機関車を集中させるという発想はEF63時代と変わりません。


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