貨物側線跡(八高線 竹沢駅)

 国鉄時代のローカル駅を調べていると「貨物側線」が設置されている駅が多かった様です。ローカル線の駅でポイントのある駅というと列車交換の出来る駅を連想しますが、大糸線の頸城大野駅などは交換設備が無くても貨物側線は存在した位です。

 しかしそんな貨物側線も貨物を一駅ごとに切り離していたような時代の遺構ですから、現在現役のものは多分ありませんし、ネットで検索しても出てくる画像は模型のものばかりです。なかなか現役当時の姿を連想するのは難しそうです。

 そんなことで悩んでいたら八高線の竹沢駅に貨物側線の遺構があることを知り、早速見に行ってみました。

 ホームへ入って高崎方へ行くと貨物側線の遺構が残っていました。レールも敷設されたままですが、薄緑色のフェンスは逆に現役時代は無かったと思われます。そして画面左側のホームと同じ高さの部分はそれほど長くありませんでした。その奥に少し低くなった部分とコンクリートの柵がありますが、現在は鉄道用地では無さそうです。

 反対側から見ると旅客ホームと反対側は同じ高さです。現在は車止標識は撤去されていますが、当時の車止、車止標識はどんなものだったのでしょうか。

 そして現在の旅客ホームの反対側は小屋が建っており、荷役にはどう考えても不便です。むしろ荷降ろしは旅客ホーム側で行っていたと考えるほうが自然です。小屋もかなり古いですが、模型の指南書で見る貨物上屋とは違いそうです。

 先程の小屋を駅前広場が分から見ました。どう考えてもこちら側からアクセスする様に作られたもので、貨物上屋とは違いそうです。このスペースは貨物の荷役用のものでは無さそうですが、国鉄がJRになってからでも既に35年以上経っていますから実際現役時代どう使われていたのかは不明です。

 この駅は棒線化されてしまっていますが、奥のS字に分岐の痕跡が残っています。上下線の分岐の内方で貨物側線の分岐が行われています。また貨物側線の分岐部分を見ると横取装置に変更されていますので、線路が残っている理由は保線用に転用されているからと想像できます。

 鉄道模型の指南書を見ると貨物側線とは上屋の付いた立派なものが多く見受けられますが、この駅もまた現役当時は旅客ホーム反対側の風景は全く異なっていて立派な貨物ホームがあったのかもしれません。また逆に旅客ホームで荷物を積み降ろしする簡易的なものだったと考えることも出来そうですが、今回この遺構を見ただけでは結論は出せませんでした。

 今回は実際に見てみて現役当時の姿を思い浮かべることは出来ませんでしたが、やはり本物を見ると次に何を調べるべきかが見えてきます。貨物側線の資料をもう少し集めてみて、どんな貨物側線を再現するのか検討していきたいと思います。

おすすめ