小湊鐵道(前編)

小湊鐵道(前編)

2022年1月1日 オフ 投稿者: dollman

 小湊鐵道小湊鉄道線はかつての国鉄気動車の主力エンジンであったDMH17型エンジンを搭載したキハ200型が主力です。昭和のローカル線では当たり前だった光景がここにはあります。

 DMH17型エンジンを搭載した気動車はお隣のいすみ鉄道にもありますし、茨城のひたちなか海浜鉄道にもありますがこれらはイベント用の特別な車両です。しかしここ小湊鐵道ではDMH17型エンジンが日常なのです。これは凄いことです。

 昭和から平成、令和と時が流れても変わらない五井機関区の光景・・・と言いたいところですが、ご存じの通りJRの運用を離脱したキハ40が数両ここに転属してきました。画像をクリック拡大して貰うとそのキハ40の姿もキハ200の陰に見ることが出来ます。

 小湊鐵道も全てを入れ替える気は無さそうなので、まだ暫くはキハ200の活躍を見ることは出来ると思いますが、この光景が永遠では無いことは当たり前ですが確かです。

 また少し難しい保安上の話になりますが、小湊鐵道には五井-上総牛久間しかATS、自動閉塞が整備されていません。その為現在は省略されたり、消えてしまった鉄道の「しきたり」みたいなものも数多く残っています。

 具体的にはタブレット交換が見られたり、単行にもかかわらず車掌が乗務していたり、後部標識板が残っていたり探せば「昭和の鉄道」が残っている線区です。

 こちらが後部標識板です。昔は全ての鉄道に装着されていましたが、ATSの普及と共に国鉄では昭和40年頃に姿を消しました。しかしここ小湊鐵道はATS未整備区間がありますので今なお現役です。こちらの写真は前側で折り畳まれた状態です。

 そしてこちらが後部の写真です。向かって左側が後部標識板を掲示した状態です。右は折り畳まれたままなので違いが分かりやすいかと思います。

 先程も書きましたが国鉄では昭和40年頃に廃止された設備なので、それ以前に作られた車両でもその後に撤去され博物館でもなかなか見られないものですが、鉄道博物館のこの客車には装着されていました。

 ATSが普及して追突の危険性が格段に減ったことから廃止された背景がありますが、国鉄で廃止されてから半世紀以上が経っているのに今なお現役というのが小湊鐵道の凄いところです。キハ40にもそのうち装着するのか気になるところです。

 タブレット交換や車掌の乗務については後半でご紹介したいと思います。

 社名と形式とサボを併せて撮影してみました。国鉄キハ20と同型なのでキハ20-5と解釈される方もいる様ですが、小湊鐵道ではキハ200型なので、キハ200-5と言う解釈が正しいようです。

 こちらの車両は昭和39年に日本車輌で製造され昭和57年に新潟鐵工所で改造されています。製造から57年の間に新潟鐵工所も経営破綻し現在は新潟トランシスがその業務を引き継いでいます。

 外は先程の写真の通りレトロですが、冷房改造が施されていますので夏でも快適です。

 発車までもう少し時間がありますので、駅ホームも少し見てみましょう。ここにも良い雰囲気の色々が残っています。

 駅名標も向こうのJRと異なり昭和の雰囲気を残しています。

 こんな水飲み場も都心では少しずつ姿を消しています。駅の小物一つ一つを取っても昭和のローカル線を彷彿させるものが色々とありますので是非お目当ての列車の少し前に到着して色々見学されることをオススメします。

 とりあえず出発までで結構な分量になってしまいましたので今回はここで終了としたいと思います。後編ではタブレット交換の写真などもお届けしたいと思いますので、そちらもよろしくお願い致します。