旧丸山変電所

旧丸山変電所

2021年6月6日 オフ 投稿者: dollman

 横川駅から旧信越本線上り線跡を舗装した遊歩道を30分ほど歩いていくと進行方向右側にレンガ造りの建物は2棟見えてきます。この建物こそ旧丸山変電所でアプト時代には峠を登る機関車に電気を供給する重要な施設でした。

 なお内部の見学は秋に1週間程度あるようですが、普段は非公開です。しかし外観の見学はいつでも可能ですので、横川駅から30分歩いてくる気力と体力があれば好きな時に建物を眺めることが可能です。

 軽井沢方から耐えものを見ます。右側の軌道を舗装した所が旧信越本線の上り線です。下り線は今なお線路が敷設されたままで、観光鉄道が走っています。

 ところで横川と軽井沢では軽井沢のほうが標高が高いので、上り列車は坂を下りますし、下り列車は坂を登ります。ごちゃごちゃになりそうですが、列車の上り下りと、標高の登り下りは逆になりますので注意が必要です。

 それでは建物の説明をしていきたいと思います。「丸山変電所の建物」と一口に言っても2棟の建物の用途は異なります。まずは軽井沢駅方のこの建物は機械室の役割を果たしていました。中には450kwの回転変流機2基と500kVAの変圧器2基が収められ、ここで交流6600ボルトを直流650ボルトに変換していました。

 現在のJRの直流電化は直流1500Vですが、アプト時代の碓氷峠は直流650Vでした。

 そして横川駅方のこちらの建物は機械室で変電した電気を蓄えておく蓄電池室でした。こちらの建物内には312個の蓄電池が設置され、列車が通らない時に充電し、列車の登坂時に放電して電力を補っていたそうです。

 1000分の67という急勾配を登っていく時は4両の機関車がフルノッチで走っていましたので大変多くの電力を必要としていました。

 一見同じに見える建物ですが、軽井沢駅方の機械室とは細部で異なります。一番大きな違いは機械室は窓だけだったのに対し、こちらの建物は上下に風通し用のルーバーが付いています。蓄電池から充放電を繰り返しますと有毒なガスが発生します。充放電の際の有毒なガスを逃す為に多くのルーバーが設けられていたのだと考えると建物の細部の違いが理解できます。

 この丸山変電所は碓氷峠の電化に伴い明治45年に作られました。アプト式が粘着運転に変わり役割を終えると碓氷峠が現役時代には荒れ果てた姿だった時期もありますが、平成6年に国指定重要文化財になり平成12年から14年までの間に現在のように美しく整備されました。しかし「古い建物だし少し廃墟っぽい雰囲気を味わいたい」という方は裏手に回ってみてください。

 恐らく国指定重要文化財から外れた周辺の建物は手つかずのままですので、苔むした感じなど人の手が行き届いていないところに歴史を感じられるかもしれません。

 煉瓦造りと言っても東京駅や旧北海道庁舎のような派手さはありませんが、まだまだ鉄道の地位が高かった時代の建築物ですので、変電所といえども格式高い造りになっています。

 やはりコンクリート造の現代の建築物とは異なる重厚な感じが漂う建物です。