船の科学館 元青函連絡船「羊蹄丸」(船内展示、青函ワールド編)

 羊蹄丸は昭和63年9月の青函連絡船臨時運行が終了してから一旦イタリア、ジェノヴァ国際博覧会での展示の為日本を離れましたが、1996年3月22日から2011年9月30日まで船の科学館脇に展示されていました。この写真は2011年に7月24日に撮影したもので、文字通り展示されている羊蹄丸最後の姿になります。

 左舷後方から1枚。これから見学を開始したいと思いますが、右側には羊蹄丸を解説した案内看板が出ています。

 解説の最後には「永久展示保存」と書かれていますが、この時行ったのは偶然で私自身このあと数か月後に展示が終了して解体されることはまだ知らなかったと思います。

 舷門(入口)です。青函航路での運行終了後ここで展示される前にイタリア、ジェノヴァ国際博覧会での展示を経ていますので、その関係かどうか分かりませんが舷門の形状は現役当時と変わっています。他にも船内も改造箇所が多く「現役時代らしさ」という点では「八甲田丸」の方が圧倒的に当時の雰囲気が残っていました。

 船内の案内板です。最下部の機関室は見学できず、車両後半も大半が展示スペースに改装、船楼甲板、遊歩甲板も大きく改造が加えられ現役時代には無かったエスカレータ迄設置されていますから、その辺のオリジナル性はあまり期待せずこの羊蹄丸ならではの見所を見ていこうと思います。

 入ってすぐの船楼甲板にはこの様な展示が壁にされていました。あまりにも有名な銅鑼を叩く給仕の写真も展示されています。見ての通りホテルのロビーの様な装飾になっていて青函連絡船らしさは0です。

 青森、函館の名産品の展示も。

 青函連絡船にまつわる物品の展示もこの様になされていました。

 そして青函連絡船にまつわる写真やパネルの展示。連絡船の航路も描かれています。船舶の場合基本右側航行が原則なのですが、青函連絡船は左側航行で運行していました。

 下り船は少し左に進路を向けながら北上、葛登支燈台のところで右に進路を取り函館港を目指しました。逆に上り船は函館港を出るとほぼ真南に進路を取り青森港を目指しました。

 それでは船楼甲板を離れ、車両甲板へ降りていきたいと思います。かつて貨車を収納していた車両甲板の大半は改装され「青函ワールド」となり、当時の様子がジオラマで再現されていました。

 駅員と行商の担ぎ屋さんたちの姿です。奥の売店は「鉄道弘済会」と書かれていますので「KIOSK」の前身です。

 これは待合室でしょうか。国鉄職員がだるまストーブに石炭を投入しています。

 時代背景や形状から察するにタービン船時代の青函連絡船です。青函連絡船の中に青函連絡船のジオラマという面白い構成です。

 桟橋側にはポターの姿も。

 そして出航を告げる銅鑼を叩く給仕。銅鑼の音で悪魔を取り払い航海の安全を祈るような意味があったようですが、国鉄末期にはテープでこの音が流されている時期もありました。「合理化」ということだとは思うのですが、「合理化ならそんな迷信みたいなこと止めてしまえばいいじゃないか?」と素人的には考えるのですが、航海の安全を願うとテープでもこの音を流したかったのでしょう。

 次回はこの「青函ワールド」の続きをお届けしていきたいと思います。

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